土屋礼央
1976年9月1日生まれ。 東京都国分寺市出身。 RAG FAIR として 2001 年にメジャーデビュー。 2011 年よりTTRE をスタート。 RAG FAIR、 ズボンドズボン、 TTRE 楽曲の多くの作詞作曲を手掛ける。鉄道、 Apple、 FC 東京、 西武ライオンズを深く愛する。 ニッポン放送「土屋礼央レオなるど」/FM NACK5「カメレオンパーティー」にてパーソナリティを、ニコニコ生放送「西川学園高等学校、略してN高!」でMC、Livedoorニュース「土屋礼央のじっくり聞くと」でインタビュアー、マイナビ「Mac Fan」/晋遊舎「MONOQLO」/KADOKAWA「ダ・ヴィンチ」/月刊LIONS MAGAZINE/日経DUALにて連載を務める。

土屋礼央

菅田:土屋さんの音楽のことについてはこれまでそばにいたから分かってるつもりなんだけど、ラジオのことについては全く知らないんですよ。
『オールナイトニッポン』をやることになったのってとても大きな分岐点だったと思うんだけど、そのきっかけってなんだったの?

土屋:ニッポン放送の方がRAGFAIRのライブを見に来てくれて「コイツは面白い、コイツに決めた!」ってその場で決めてくれたらしいんだ。
RAG FAIRでって事だろうなと思ってたら、「いや、土屋礼央が欲しいんだ」と一本釣りだった。

菅田:それはすごく嬉しいだろうね!!

土屋:生まれて初めて土屋礼央で仕事がしたい、という人が出てきた。武者震いのする思いでしたよ、こんなに嬉しいことはなかった。自分の全精力を費やそう、と。
僕より若い世代が聞く番組だったから、流行ってる「ONE PIECE」を一生懸命読んで、その話をするわけなんですけど反応が良くないわけですよ。

菅田:反応が良くない…?

土屋:これは知識のひけらかしでしかないんだ、と気づいたんです。俺はみんなと同じ話が出来るぞ、と大して愛もないのに話してたんですね。でも、ある時に「キン肉マン」の話を若い人にも分かるように熱く語ったんです。そしたら「キン肉マン、一回読んでみたい!」って若者が出てきて。
この成功体験から、やっぱり自分の気持ちが大事だ、と分かった。熱い思いがあれば、それに興味がない人でも面白がってもらえるんじゃないか、って。
…「タモリ倶楽部」でもさ、自分が全然知らない分野の企画でも、タモリさんが盛り上がってるとなんか嬉しいじゃない?

菅田:なぜかわかんないけど嬉しいよね(笑)

土屋:それからは自分がいいと思うものを、より多くの人に分かりやすく伝えるためのボキャブラリーは広げたい、と思ってるんですけどね。
あとは「オールナイトニッポンが始まるんです」ってネプチューンの皆さんに挨拶に行った時、名倉さんに「喋り手になるんであれば、ゲストが喋ることに対して必ず一つは返せるようにしろよ、礼央。」と言われてから色んなものに興味を持って、どんなことでも一つはそれについて話せるようにしよう、っていう努力はしたと思う。

菅田:そうか。一つ返せば、相手はもうちょっと喋ってみようかなって気になってくれるもんね。

土屋:2002年に始まった『オールナイトニッポン』からこれまでで16年。
ポッドキャスティングとかを入れると、ラジオがなかった時期って9ヶ月しかなかった、ということが最近調べて分かったんです。

菅田:それはすごいな(笑)!!

土屋:それぐらいラジオは自分の人生そのものだなっていう気がする。

第1回 ミュージシャン・ラジオパーナリティ土屋礼⑥につづく

掲載されている情報はインタビューが行われた2018年6月末時点での情報です。

菅田 直人
ミュージシャン(ドラマー)/1979年生まれ
高校時代に吹奏楽部に所属し、打楽器全般に触れる。
 大学サークルでドラムに専念し、様々なバンドを掛け持ちする。
2001年よりバンド「ズボンドズボン」に参加。
 2014年の解散までに多数のアルバムとライブDVDを発表。
同時並行してサポートドラマーとしての活動も開始。
主なサポート歴はRAGFAIR、小池徹平、°C-uteなど。

https://sugata-naoto.com

写真撮影 柳田隆間/Patty&Isaac.
編集・デザイン 柳田隆間/Patty&Isaac.
https://patty-isaac.com